《総評》
今年はかなりオーソドックスな問題となった。第1問では2帝国の比較を通して共通点・相違点を記述させる問題。第2問は、第1問が中心部(中華帝国、ローマ)について述べさせる問題であったことから、周辺部について述べさせる問題となっていた。全体的な理解を求めさせる東大らしい問題構成だといえる。第3問も例年通り。完答が絶対条件だろう。今年は多くの受験生が苦手とする近現代に関する問題が少なかった。ちょっとしたミスが命取りとなるハイレベルの戦いが求められているとも言える。

第1問
《講評》
例年通りの東大らしい問題。複数の帝国を比較させる内容。異なる地域の変化を述べさせ、その共通点と相違点について考えさせる第1問では定番の問題。比較対象が2つと少ないため、字数もきついとは感じないだろう。ただし、同盟市戦争からローマ市民権などのミスリードを誘う指定語句や、要素に関係のないことにとらわれてしまうと厳しい。今回は政治ではなく社会の変化について述べよといっていることにも注意したい。テーマからずれないようにしよう。
《出題分野》
ローマ世界 中国の古典文明
《難易度》
★★★☆☆
《字数》
600字以内(20行以内)
《内容》
・ローマ、中国の社会変化
・ローマは前2世紀から「古代帝国」の成立まで
・中国は春秋時代から「古代帝国」の成立まで
《その他の条件》
・語句は必ず全て使用、下線を引く
【目標時間】50分以内

《解答》
前2世紀に行われたポエニ戦争以降、ローマでは戦争による疲弊と農地の荒廃、属州からの安価な穀物の流入によって中小農民は没落した。一方、属州の拡大によって大土地を所有した特権階級は勢力を伸ばしたことで、貧富の差が拡大した。これによって従来の身分制であった市民の平等を原則とした共和制が動揺した。内乱の一世紀に入ると、勢力を伸ばした権力者は私兵を用いて同盟市戦争などの反乱の鎮圧や対外戦争の功績を競い合い、権力を争った。実力によってカエサルが覇権を握り、カエサルが暗殺されると、アクティウムの海戦で地中海世界の政治的支配を達成したオクタウィアヌスが覇権を握った。オクタウィアヌスは元老院から尊厳者の称号を付与され、「市民の中の第一人者」を用い、実質的に帝国を成立させた。春秋戦国時代の中国では周王朝の弱体化に伴って、が周王朝に従属し、宗法で結ばれるという氏族統制が緩んだ。諸侯は王を称し、自国の富国強兵のために実力本位の人材登用を進めた。これによって従来の身分制であった世襲制を原則とした氏族制度が崩壊した。戦国時代に入ると、諸国との闘争の中で台頭した秦が他国を次々と支配下におさめ、秦王政が中国を統一した。秦王政は支配地域に対し思想統制や貨幣・漢字の統一などの中央集権的な政治を実施し、皇帝を自称し、帝国を成立させた。また、氏族制度の崩壊によって生まれた家族単位の小規模な自作農が経済の中心を担い、帝国を支えた。

第2問
《講評》
形式は例年通りのオーソドックスのもので、記述問題を中心としながら第3問のような語句を答える問題が一部みられた。テーマが世界史上の少数者集団だったため、ポーランド・シンガポール・ケベックなど周辺地域が多く問われた。解答の内容に関してはオーソドックスなもので教科書の範囲からいたずらに逸脱したような出題はなされなかった。字数の要求に合わせて書く要素を絞り込み、簡素に記述する能力が求められる。
《出題分野》
東ヨーロッパ世界の成立 重商主義と啓蒙専制主義 ヨーロッパの再編と新統一国家の誕生清代の中国と隣接諸地域 ヨーロッパ諸国の海外進出 第三世界の台頭と米・ソの歩み寄り
《難易度》
★★★☆☆

問(1)
(a)
《字数》
90字以内(3行以内)
《内容》
・ポーランド人の国家が隆盛した時期(14世紀後半~15世紀:問題文より)の状況
・隆盛後の衰退した背景
《解答》
ドイツ騎士団への対抗からヤゲウォ朝リトアニア=ポーランド王国が成立し、タンネンベルクの戦いで勝利したが、ヤゲウォ朝断絶後に選挙王政が実施され、国内の貴族間対立・大国の干渉を招いた。
(b)
《字数》
60字以内(2行以内)
《内容》
・ドイツ人の統一国家内の南部を中心に存在した有力な少数者集団
・彼らに対する採用された当時の政策
《解答》
少数者集団は政教分離政策に反対するカトリック勢力で、帝国宰相ビスマルクによって国家に服させようと弾圧政策が採られた。

問(2)
(a)
《字数》
60字以内(2行以内)
《内容》
・藩部を掌握するための清朝の政策
《解答》
清は、中央に理藩院を設置し、長官に女真人のみを任命しながら、各部族の有力者に自治をゆだねる間接統治政策を実施した。
(b)
《字数》
60字以内(2行以内)
《内容》
・シンガポール成立(1965年)の経緯
・シンガポールの多数派住民の構成員に触れる
《解答》
シンガポールは1963年にマラヤ連邦と合体し、マレーシアの一員として独立したが、華人・華僑が多数を占めたため分離・独立した。

問(3)
(a)
《字数》
60字以内(2行以内)
《内容》
・ケベック州が英語とフランス語を母語とする状況が生まれる前提となった17世紀から18世紀にかけての経緯
《解答》
17世紀初頭にフランスはケベックを植民地にしたが、七年戦争に勝利したイギリスが1763年のパリ条約でケベックを獲得した。
(b)
《字数》
30字以内(1行以内)
《内容》
・南部諸州でのアフリカ系住民に対する差別的な待遇の内容
・差別的な待遇の是正を求める運動の成果として制定された法律の名称
・法律が制定されたときの大統領の名前
《解答》
選挙権が制限され公共施設での人種差別が法的に認められた。

第3問
《出題分野》
古代オリエント世界 イスラーム帝国の成立・西ヨーロッパ世界の成立 主権国家体制の形成 フランス革命とナポレオン 東アジアの激動 ヨーロッパの再編 世界分割と列強対立 東西対立の始まりとアジア諸地域の自立 冷戦の解消と世界の多極化 17~18世紀のヨーロッパ文化
《難易度》
★★☆☆☆
《講評》
どの問題も教科書の太字レベル。東大受験生ならば落としていい問題はなく、完答が求められる。

問(1)
《解答》
シャープール1世
・260年のエデッサの戦いで、ローマ軍を打ち破ってウァレリアヌスを捕虜としたのはシャープール1世。
問(2)
《解答》
ウマイヤ朝・メロヴィング朝
・トゥール・ポワティエ間の戦い(732年)のときのイスラーム勢力の王朝はウマイヤ朝、フランク王国の王朝はメロヴィング朝。
問(3)
《解答》
グスタフ=アドルフ
・三十年戦争において、勃発当初は参戦しなかったが、皇帝軍の北進に脅威を抱いて途中から参戦した、バルト海に影響力をもっていた新教国(スウェーデン)の当時の国王は、グスタフ=アドルフ。
問(4)
《解答》
トラファルガーの海戦
・ジブラルタル付近において、フランス軍が1805年にイギリス艦隊に大敗した戦いは、トラファルガーの海戦。
問(5)
《解答》
李鴻章
・曾国藩、左宗棠とともに、1860年代から清での西洋の軍事技術などを導入して富国強兵をめざす政策(洋務運動)の中心的役割を果たしたのは、李鴻章。
問(6)
《解答》
サンステファノ条約
・19世紀後半、ロシアがオスマン帝国からの独立をめざすバルカン地域(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)を支援した。その戦いで勝利し、ひとたびはバルカン地域での勢力を大幅に強めることを規定した条約は、サンステファノ条約。
問(7)
《解答》
ファショダ事件
・19世紀末のスーダンにおいて、アフリカ縦断政策を進めるイギリスと、アフリカ横断政策を進めるフランスが対立し、フランスの譲歩で衝突は免れたのは、ファショダ事件。
問(8)
《解答》
ベトナム独立同盟(ベトミン)
・植民地からの独立をめざして日本やフランスと戦い、1941年に共産党を中心としてインドシナで結成されたのは、ベトナム独立同盟(ベトミン)。
問(9)
《解答》
アメリカ合衆国・イギリス・ソ連
・1963年の部分的核実験禁止条約(PTBT)を調印したのは、アメリカ・イギリス・ソ連の3か国。
問(10)
《解答》
グロティウス
・17世紀前半に活躍し、『戦争と平和の法』を著し、軍人や為政者を規制する正義の法を説いた法学者は、グロティウス。