《総評》
 今年は、第1、2、4問で新課程における「世界の中の日本」を意識させるような出題がみられた。とはいえ、どの問題も論述における頻出テーマであり、過去問を想起させる問題であったので、しっかりと過去問に取り組み、日本史を努力して粘り強く学習した受験生は、よい答案を作り上げることができたであろう。また、書き方や問題に対する答え方次第で大幅に答案の出来は変化するような問題であったので、素直に出題者の意図をくみ取り、解答に反映することが大切であった。


第1問
《講評》
 今年は東北地方に関する諸政策について問うた問題であった。東北経営は頻出の分野であるが、Bに関しては問いに正確に解答することが多少難しかったと思われる。平安時代の展開に関連するような影響を書かねば、高得点は望めなかったであろう。
《分野》
古代の政治史
《難易度》
やや難★★★★☆


《解答》

唐や新羅に対抗して唐に倣った小帝国の形成を進め、領土拡張・交易圏拡大・軍事要員確保による経済・軍事基盤の強化を図った。

東北政策は国家財政を圧迫し、その負担は人民の困窮化を招いて浮浪・逃亡する者も現れて律令制の変質に寄与した。また、東北の物産への関心が東北と諸国の間の交流を促進し、地方の武力蓄積を促した事は、武士団が成長し、武士が政界進出する前提となった。


第2問
《講評》
今年は鎌倉幕府の裁判機構について問う問題であった。御家人の土地問題は中世における頻出事項であるので、自分の知識やリード文を活かして解き進めたい問題であった。
《分野》
中世の政治・社会史
《難易度》
標準★★★☆☆


《解答》

承久の乱後、新補地頭と従来の土地所有者との間で紛争が増加したが、これらは京都の六波羅探題で武家法に基づいて裁判された。

元は二度にわたる日本来攻の後も日本の征服を計画していたため、幕府は異国警固番役を引き続き御家人に課していた。それゆえ、御家人が鎌倉へ赴くと、九州の警備が手薄になる恐れがあった。


第3問
《講評》
 今年は江戸時代の家や村における相続制度についての出題であった。1999年の第3問に商家における相続について問うた問題があったが、それを比較し、参考にできればこの問題の難易度は大きく変わったと思われる。
《分野》
近世の社会史
《難易度》
標準★★★☆☆


《解答》

原則、男性嫡子単独相続で長男が最優先されたが、長男が相続不能な時は婿や養子などの男性、女性の優先順位で家督相続された。

村においては、家の当主は村自治の運営を担う存在で、女性は家の代表者として全く認められなかった一方で、家庭内においては、家の存続のために相続者になるなど、ある程度地位が認められた。


第4問
《講評》
 今年は大日本帝国憲法下における軍備をめぐる問題を政治上の観点から問う問題であった。Aに関しては政党政治の時代を考え、影響を推測すればよく、Bに関しては近年東大では出題はみられなかったが、一橋大学では数多く出題されており、論述の頻出である統帥権干犯について難しく考えず要点を指摘すればよい。
《出題分野》
近代の政治史
《難易度》
標準★★★☆☆


《解答》

軍部大臣現役武官制に基づき、軍部の意向を政党が無視できないと示された一方で、長州閥の桂が後継首相に指名された事への野党勢力の批判は第一次護憲運動となり政党政治の活発化に寄与した。

浜口は、日本がワシントン体制に包摂されており、協調外交や軍縮の方針が国際的に推進されていた事を背景に条約を締結したが、立憲政友会・海軍・右翼らに統帥権干犯であると強く非難された。