教養学部の歴史

東大は、入学時は全員教養学部に配属され、2年次に専門の学部を選択するという「進学選択」の制度で有名です。
いわゆるLate Specializationという姿勢を反映しており、様々な分野の基礎知識を片寄りのないように持つことで、専門分野での探究にもよい影響を及ぼすという理念のもとで制度が運営されています。

入学後に専門を決められる大学としては、他には国際基督教大学や北海道大学の総合入試制度などが有名です。
さて、このような少し変わった制度はどのようにして誕生したのでしょうか。東大や教養学部の歴史を辿ってみましょう。

 

東京大学の創設

東京大学の創設は、東京開成学校と東京医学校を合併した1877年であるとされています。当時は、開成学校から法・理・文学部、医学校から医学部が設立され、法・理・文学部への進学者は、併せて設立された東京大学予備門で、授業で用いられる欧米語を習得することが義務付けられました。

専門分野を学ぶための知識を身につけるという点で今の東大の前期教養(3年次以降にも教養学部が存在するので、「前期教養」「後期教養」と呼び分けられます)とはやや姿勢が異なりますが、専門分野別の学部に配属される前に、各学部への進学者が一緒になって学ぶという特徴は、前期教養に近いものがあるかもしれません。
しかし、実際に制度としての教養学部が設立されるのは、ここから70年以上も後のことになります。

 

教養学部の新設

1949年、GHQの影響により日本の教育制度改革が行われ、国立学校設置法が公布されました。
これに伴い創設されたのが、教養学部を含む9学部を設置した新制東京大学です。これが他の大学との制度の違いの発端となりました。
国立学校設置法は、新制大学の重要な理念のひとつとして、一般教養に関する教育を掲げていました。

この教育を実行するために、多くの大学では一般教養に関する教育を一括して行う教養部という組織を置きました。
つまり、東大とは異なり、正式な学部として設置したわけではなかったのです。

東大はこのタイミングで、前期2年は教養学部が、後期2年は各学部(医学部医学科は4年)が教育を行うという制度を整備しました。

 

教養学部後期過程の誕生

1949年の新制東京大学創設時は、教養学部は前期の2年間の教育のみを担当する学部でした。しかし、1951年に文系の教養学科が設置されたことをきっかけに、後期課程の教育も担うようになりました。1961年には理系学科である基礎科学科が設置され、教養学部の理念である多様な専門分野の知識を横断的に活用できる人材を育むための教育が、文系理系それぞれの後期課程でも行われるようになりました。

現在、学部再編などを経て、教養学部後期課程は文系の教養学科、理系の統合自然科学科、文理融合の学際科学科を擁し、「越境する知性」という理念を掲げて、専門を持ちつつも様々な学問分野を統合的に駆使できる人材の育成を目指しています。

副専攻の制度や他学科の授業への参加を容易にする履修の制度などにより、各自の関心に合わせた分野横断的な学びが可能です。
また、分離融合の学際科学科には英語による学位取得ができるコースも存在し、国際色も豊かな学部です。

 

入試制度の変遷

現在、東大の教養学部前期課程は文科および理科Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ類の6つに分かれており、入試もその区分ごとに定員が決められていることはよく知られた話ですが、1949年の新制東京大学創設時は、文科と理科それぞれⅠ・Ⅱ類の4つの区分しか存在していませんでした。

文科Ⅰ類からの主要な進学先が法学部と経済学部であり、理科Ⅱ類からの主要な進学先に医学部が含まれていました。現在は主要な進学先別に文科Ⅰ類は法学部、文科Ⅱ類は経済学部、理科Ⅲ類は医学部というように分かれましたが、現在も理科Ⅱ類から医学部への進学枠が10枠あり、当時の名残があります。